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| ◆ 3.国の産業政策と経営顧問 |
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経営顧問の発達は、経営事象が複雑となり、 且経営形態が高度化し来ったことと、密接な関連があることはいうまでもない。依頼者は、個人対個人より生起したのであるが、今日に於いては、大会社がこれを利用するのみならず、官庁がまたこれを利用しておる。官庁が利用するとは、官庁自体が、官庁事務の運営及び官庁形態の改造に関して、これを利用するのみならず、経済政策の一環として、産業指導にこれを利用しておることを含んでいるのである。
ドイツに於ける管理顧問及び経営顧問の発達が、前欧州大戦以後の所調産業合理化運動(Rationalisicrungsbewegung)に際して、大いに促進せられたのであるが、同様わが国に於いても、同時代の合理化運動を機会として、官庁が国及び各府県に於いて、所謂経営診断制度を創設したことに重要なる関係を持つ。この為には大学教授をはじめとして、会社工場商社等の練達の人々を動員して、委員会を構成して、大いに工場診断及び商店診断を行わしめた。この当時の記録については、筆者が、国民経済雑誌に執筆したものがあるが、後に平井、「販売組織の更改と経営機構」(昭和12年巌松堂版)中に収録してある。各府県に、能率研究所、産業研究所、経営研究所、商工指導所等の類もまた創立せられ、一方能率研究会、経営研究会等が盛に設立せられたのもこの時期である。
今般、経営士が誕生するようになったのも、官庁の勧告が預って力があったのである。蓋し戦後わが国の諸経営は甚だ弱体化しておる。戦争、戦災並びに終戦後の変調によって、―般的基盤もまた所謂底が浅くなっておる。従って、僅かな経済上の変動或は取引上の衝動によっても、経営の破綻を来す虞がある。資本は壊滅しておるのであるから、戦後の再建及ぴ国際経済競争に耐える為には、この際経営の改善と合理化とを大いに促進する必要がある。しかるに、事情の変更と、来り加うる新しき条件とに即応しつつ、然も戦時以来十数年の遅れを取り返して、欧米諸国の日進月歩の経営技術を採り入れることは、いかに練達の士と雖も、現場の人のカのみでなし得ることではない。各種の専門家を、常時経営内に常傭として置いておくということも不可能である。いかに大会社であっても、大会社になればなるだけ関係する側面も複雑であるから、同様不可能になる。この故に、マネージメント・コンサルタントの制度を日本にも確立する必要があるというのが、官庁側の勧告であった。その勧告は、一方に企画官庁としての経済安定本部よりも提案され、"他方には現場官庁としての通産省よりも提案せられた(2)。各種の委員会及び各種の機会をもってこの気運は徐々に醸成せられていったのであるが、最後的には、昭和26年8月27日、安本副長官の名義をもって、全国より学識経験者約80名を安本長官官邸に参集を請うて、この問題を協議したのであるが、機が熟しておつたわけであるから、その席上に於いて、準備委員の互選を行う段取りまで到達したのである(3)。準備委員は、その後数回の委員会を開催し、原案を定めたる上、9月25日、通産大臣官邸に於いて、再び日本経営士会発起人会の名に於いて、学識経験者の参集を請い、当日、創立を終ったのである(4)。次いで会貝の登録に着手し、9月27日に至り、東京商工会議所に於いて、一般にこれを公表すると共に、発会式を行い、ここにわが国に於ける経営士は、その第一歩を踏み出すことになったのである。
| 注(1) |
平井「工場診断制度の創設に就いて」(国民経済雑誌第54巻第3号、昭和8年3月)平井「販売組織の更改と経営機構」第5章、経営診断制度の創設
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| 注(2) |
通商産業省通商企業局編「企業に於ける内部統制について」(昭和26年7月刊)は、産業合理化審議会―般部会財務管理分科会の起草による合理化審議会の答申を収録したものであるが、この中にマネージメント・コンサルタント制度の確立を図る必要があることを附言しておることを注意すべきである。
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| 注(3) |
準備委員は次の諸氏がこれに当ることとなった。上野陽一(全日本能率連盟会長)、荒木東一郎(日本経営能率研究所長)、森川覚三(日本能率協会理事長)、平井泰太郎(神戸大学教授)、中西寅雄(東京都商工指導所長)、上田武人(東京計器製造所)、岡田徹(商店経営社)、大内次男(大阪府立産業能率研究所長)
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| 注(4) |
当日までに登録を終えたる会員数は、現業者及び非現業者を合わせ143名である。但し、この数は、問もなく増加するることになるであろう。現にこの仕事に従事しつつある現業者並ぴに有資格者としての学識経験者は、大約1千4・5百名と推定せられておる。なほ現在、外国人の経営コンサルタントが日本に於いて事務所を持っておる者が数人ある。発会式の当日に既に、その中の1人が参加したのであるが、他も漸次参加するような態勢になるであろう。 |
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